医療脱毛でつるつるの肌を手に入れよう

 無駄毛の処理ほど面倒なことはありません。処理したつもりが、毛が残っていたり、すぐに生えてきてしまったり。カミソリ負けで肌が痛んで色素沈殿したり。そんな毎日にうんざりして、職場近くの皮膚科でキャンペーンをしていた医療脱毛を始めました。まずは試しに脇のみ挑戦しました。一回目から効果は感じられ、3週間何も生えてこずツルツルの肌に驚きました。エステのレーザー脱毛だと、すぐ生えてくるのに不思議です。やはり医療脱毛というだけあって、信頼ができる脱毛だと感心しました。6回の処置後、ごく細い毛が生えるのみでツルツルの脇になれ大満足です。これで毎日の処理も、処理による肌荒れからも解放されました。
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【与謝野改革の虚実】(上)

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 1日の衆院予算委員会は、菅直人第2次改造内閣で経済財政担当相となった与謝野馨へのバッシングの嵐が吹いた。朝からのどの痛みを感じた与謝野はマスク姿で閣僚席に座り、自分に罵声を浴びせるかつての同志をじっと見つめた。

 かつて自民党の経済財政政策の中枢を担ってきたのだから批判は覚悟の上だ。先の衆院選で東京1区で現経済産業相の海江田万里に競り負け、自民党の比例代表として復活当選を果たしただけに「裏切り」との感情的なもつれもある。

 「余計なことは言わずに耐えていくしかない」。そう思った与謝野はしゃがれ声でこう繰り返してきた。

 「社会保障制度と税制抜本改革はこれ以上先送りできない。十年来自分の信念として取り組んできた。税と社会保障を一体的に企画立案してくれと命が下ったので政治家の最後の仕事として引き受けたのだ」

 ただ「新しい仲間」の民主党も冷ややかだ。先の衆参本会議代表質問では「ヨソの大臣」「レンタル閣僚」とヤジが飛んだ。

 税と社会保障の一体改革への理解も乏しい。平成17年の小泉純一郎政権で党政調会長として郵政民営化法案を取りまとめた時以上の抵抗が予想される。

 与謝野もそう考えたのか。菅内閣の一員になると、昨年1月出版の著書「民主党が日本経済を破壊する」(文春新書)で容赦なかった民主党の政策の批判を封印した。

 子ども手当は「自公政権がやっていた児童手当を拡充したものだと理解している」、民主党の全額税方式の最低保障年金にも「膨大なお金がかかるが徴収の手間もいらず未納入問題も解決する」と一定の理解を示した。

 昨年2月の通常国会で当時の首相、鳩山由紀夫を「平成の脱税王」と追及した件を問われると「野党はそのぐらいの迫力で言わなきゃいけないと思った」。

 自民党の「議員バッジを返せ」との要求には「自民党から除名になったことで私の処分は終わった」とにべもない。民主党が衆院選マニフェストに掲げた16兆円超の財源確保まで「無知だったと言わざるを得ない」とポロリと本音をのぞかせた。

 変節というのか。不器用というのか。弁が立つことは火に油を注ぐことにもなる。一体改革に向けた与野党協議はまた遠のいたかに見える。

 「変節漢」と批判されて動じないのはなぜか。そこには与謝野が自らと重ねる先人の姿があった。

 首相、菅直人に「三顧の礼」で迎えられた与謝野はさっそく税と社会保障の一体改革を一手に担い動き出した。成就しても失敗しても政界だけでなく日本の将来さえも変えかねない改革に与謝野はどう取り組もうとしているのか。(敬称略)

 ■嫌われ役覚悟、是清気取り?

 参院選で民主党が大敗し、逆風に立たされた首相・菅直人は昨年8月8日夜、都内のすし店に向かった。待っていたのは囲碁棋士、そしてたちあがれ日本共同代表(当時)の与謝野馨だった。

 仲介役は「ぐるなび」創業者の滝久雄。菅と同じ東京工業大学出身、与謝野とは囲碁仲間だった。菅と与謝野は囲碁という共通の趣味を持ちながら対局したことはほとんどなかった。むしろ与謝野は、菅と敵対関係にある民主党元代表、小沢一郎の方が囲碁仲間としては親しかった。

 そのころ与謝野は、菅の税と社会保障の一体改革への「本気度」を見極めようとしていた。「日本を破壊しかねない」と危険視していた首相、鳩山由紀夫はすでに退陣した。参院選で衆参ねじれを実現し、民主党が暴走する危険性は薄まった。当面の目標は達成したと言ってよい。

 話題の大半は囲碁の話だったが、与謝野は「せっかくだから」と菅に自らの思いをぶつけた。

 「税制改革は自民党の黄金時代でも一党ではできなかった。そういう難しい課題は他党と話し合うしかない。まず自民党と話してはどうか。両党で安定的な関係を築くことができれば、それは国民のためになる」

 ◆脈はある

 菅は黙ってうなずいた。「脈はある」。この会合がその後の与謝野の動きの伏線となる。

 しばらくして与謝野は知人らに一冊の書籍をしきりに薦めるようになった。

 「高橋是清 日本のケインズ−その生涯と思想」(リチャード・J・スメサースト著、東洋経済新報社)

 高橋は立憲政友会に身を置き、総裁を務めたこともあった。にもかかわらず敵対関係にあった岡田啓介内閣に80歳を過ぎて蔵相として入閣、政友会から事実上の除名処分を受ける。

 高橋の「転向」は国債増発による悪性インフレを押さえ込むため財政健全路線にかじを切るためだった。軍事予算抑制をめざし、政友会と軍の激しい攻撃にさらされたあげく昭和11年の二・二六事件で暗殺された。

 与謝野は「政策のことよりも波瀾(はらん)万丈な人生が面白い」と評する。高橋の晩年を自らに重ね合わせたのかもしれない。

 与謝野は平成18年に咽頭がんの切除手術を受け、死線をさまよった経験がある。信念のために凶弾に倒れた高橋はどんな思いだったのか。「野党は暇だ」と読書ばかりしていた与謝野は残りの人生を何に懸けるか考え続けたようだ。

 菅も与謝野に共鳴するようになった。麻生太郎政権で与謝野が主導した「安心社会実現会議」の報告書をかじるように読み、与謝野の著書も読みあさった。

 そして11月18日夜、与謝野を首相公邸に招いた。

 「内閣改造をやらざるを得ない」。こう切り出した菅は、たちあがれ日本との連立を打診。法相兼拉致担当相、柳田稔を更迭し、後任にたちあがれ日本代表の平沼赳夫を起用するという具体案まで提示した。

 与謝野は「臨時国会の後に話をしましょう」と即答を避けたが、「たちあがれの6人で閣僚ポスト1つなら割のいい話じゃないか。うまくいくかもしれない」とそろばんをはじいた。

 2人は12月4日夜、都内のホテルで再び密会した。菅が重ねて平沼の入閣を明言したことを受け、12月22日午後には都内のホテルで民主党幹事長の岡田克也と与謝野、平沼の3者会談が行われた。

 「これでいける。党の主張を実現できる」

 与謝野はこう思ったが、たちあがれ日本の所属議員は猛反発し、努力は水泡に帰した。与謝野は離党、そして入閣を決断した。

 ◆同志で内閣固め

 与謝野は「政治家として最後の仕事だ」と公言し、目標に向けて一気に動き出した。官房副長官は与謝野の東大野球部の先輩である藤井裕久。一体改革に向け、政府に社会保障改革検討本部を設置し、本部内に設けた集中検討会議には民間委員として自民党時代の同志である元厚生労働相、柳沢伯夫を迎え入れた。

 内閣は早くも与謝野カラーに染まりつつある。逆に民主党に「これでは与謝野政権だ」と不満は募る。

 感情的なこじれを理屈で覆すことは難しい。与謝野は「正しいことをやればいずれ分かってもらえる」と思っているのか。それともあえて嫌われ役を演じているのか。与謝野がポツリとつぶやいた一言にそのヒントが隠されている。

 「与野党が『与謝野こそが改革の障害だ』と言い始めたらしめたもんだがな」(敬称略)

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